父が亡くなった時の真実を
ずいぶん時間が経って
弟君から
告白されたので
そのお話を
書いてみようと思います
お父さんってのは
本当に無口で
何かこそこそしてるな?と思えば
鼻歌歌いながら
盆栽を弄ってたとか
ぼく達の若い時には
朝シャンと言う
朝にヘアスタイルを
セットするのを
散々否定しておきながら
実は自分が
お洒落さんだったので
毎朝鏡の前でせっせと
ヘアスタイルを整えて
ハンチングを被って
作業着で出勤するで
ぼくから
言わせれば
それこそ本当に
意味ないでしょうが?と
思う事は
しっかりやるとで
家庭行事は
沢山ありましたが
家庭行事の中で
家族みんなが
嫌がってたのは
街のお祭りに
家族巻き込んでまで
騒いでいた事でしたね
弟君もぼくも殆ど
強制で参加させられて
最終は
勝手にして下さい!と
なったので
お祭近くになると
また無言で
お祭りの準備に
いそいそと走り回っていて
またですか?と
お母さんまでも無視
一言で言えば
お祭り大好き男
長い年数踊ってはいたので
かなり評判は
良かったらしいです
そんなお祭りでも
ぼく達にはわからない
世代交代があって
踊りはやめて
踊りの違う箇所に
参加はしていて
今年は子供達に
伝統芸能として伝えるべく
小学校で踊るとの話がきて
踊り仲間から
うちの父に一番メインを
踊って欲しいと
抜擢されたらしいのですね
ぼくはのちに
聞かせられた話になるので
明確ではないのですが
晴れの大舞台で
お父さん
余程張り切ったと思います
前日から頭痛を
訴えていたのが
それとも知らずに
いざ、その踊りのメインの時に
ここは終わりではないよ?との箇所で
止まってしまい
わからない子供達は
踊りが終わったものだと思い
拍手喝采だったらしいのですが
一緒に踊りに
参加していた人達は
異変に気がついて
終わらせたように演奏を止めて
救急車で搬送させて
下さったそうです
病院に搬送された時には
意識はあって
俺、くも膜下出血だろ?と
わかっていたとの事で
お母さんでは
ダメですからとで
弟君がどのような状態であるかを
説明を受けて
今すぐではなく
手術で回復させられるので
明日に手術になると
書類等を
準備していたらしいです
ぼくには
当時は
父さん倒れたけど
意識あるし
助かるとは言われたから
なんにしても一度こいよ?とは
弟君から
連絡を受けていて
その晩に違う箇所が
切れてしまい
もう緊急手術しかありません
ただ、手術しても
植物人間になります
どうしますか?と
弟君が宣告されて
泣き騒ぐ母では
話にはならないとの判断と
その宣告を一人で考え
いや、手術はやめて
父は死なせて欲しいと決めたと
ぼくには父さん
もう一つきたらしくて
ダメなんだ…と言われて
緊急で地元に
戻ったのですが
これ、本当四年前まで
うちの弟君が
一人が背負って
やっと告白しました
俺一人の判断で
父さん殺したようなもんなんだ
ごめん…
と、言葉を濁して
弟君本人にも
言いましたが
うちのお父さんが
もし植物人間から回復できて
言葉を喋れても
体は動かせない
状態になったら
間違いなく
俺はこのままでは
生きていたくない
殺して欲しいと訴えたと
ぼくでも思った事だから
もういいんだよ?と
誰一人に言えなかった
弟が背負ったもの
余程苦しかったと思います
先に書いた
ぼくの記憶の
お父さんを読んで頂けると
わかるかと思いますが
無言でも
本当にじっとしてられなくて
常にあれこれ何かしてるのが
大好きだった人が
植物人間になるのは
堪えられる筈も
なかったとは
そんな事背負わなくて
良かったんだよ
弟君
もう、時効に
なるような話なんだから
背負ったものから
解放されて
貴方らしく生きて
by 蓮。うさぎ
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